打ち上げられた海藻が新たなブランドに⁉
砂浜に打ち上げられた海藻。波の高い日の翌日などに鎌倉の海でもよく見られますよね。「これ、食べられるのかな?」と考えたことがある人もいるかもしれません。この海藻が市内のレストランなどで提供されているのは、ご存じですか?
海藻サラダ、海藻スープ……? いいえ、違います。「豚肉」なのです。実はその豚とは、鎌倉に流れ着いた海藻を加工した飼料で育てられているもの。「鎌倉海藻ポーク」としてブランド化されており、脂の融点が低いため口当たりがやさしく、まろやかだと定評があります。
そんな鎌倉海藻ポークが現在、唯一提供されているのは、無印良品が運営する「Cafe&Meal MUJIホテルメトロポリタン鎌倉」。キーマカレーや豚汁などさまざまなメニューに使われており、一番人気はポークジンジャーだそうです。
鎌倉海藻ポークを使った料理の値段は、一般的な豚肉と比較すると高め。しかし、同店は地域に根差したお店を目指していることもあり、地元鎌倉のために開発された豚肉を食材として扱うことに意義を感じたのだそう。「関心を持って注文されるお客様が増えています」と評判も上々のようです。
その他にも、この鎌倉海藻ポークは、鎌倉市内の老人ホームの食事でハンバーグとなって提供されたこともあるそうです。
鎌倉の名産をつくりたい!
鎌倉海藻ポーク育成の発起人は、市内在住で料理家の矢野ふき子さん。その経緯についてお話を伺いました。
「生まれ育った鎌倉の名産となるものを作りたかったんです。」
そんな矢野さんが目を付けたのは、海岸に打ち上げられた大量の海藻。商品価値がなく廃棄処分されていることを知り、この海藻で何かできないか考えたそうです。
そこで思いついたのが、豚の飼料への活用。まず、自身で乾燥や粉砕などの加工に挑戦し、食品検査会社に依頼して安全性も確認。神奈川県にも相談するなか、「同じような挑戦をしたけれど、うまくいかなかった人がいる」という話を聞きました。
その人とは、厚木市で畜産業を営む臼井欽一さん。さっそく面会を果たすと、矢野さんの熱意に応えて再び海藻を飼料にした豚の飼育に動いてくれることになったそうです。
海藻回収に障害者のチカラ
矢野さんはもうひとつ、あるチャレンジをしました。それは、鎌倉海藻ポークの育成に障害のある方に加わってもらうこと。
障害のある方は、主に福祉作業所(就労支援事業所)などで働いています。食品の製造や加工、印刷物の手折り、手工芸品の製作など作業内容はさまざまですが、一般企業と比べると請負額は低いのが実情です。
鎌倉海藻ポークを育成するチームに障害のある方を加えたのは、待遇面を少しでも改善したいとの思いから。海藻の回収、選別、加工を依頼し、報酬もできるだけ高くなるように努力しているそうです。
海の近くにある福祉作業所に通う障害のある方たちは、日ごろから浜の様子をチェック。打ち上げられた海藻を回収すると、一枚ずつ丁寧に洗って塩抜きし、はさみで細かく切ったり、乾燥させて粉末にしたりと、非常に細かな作業をこなしています。
今では4つの障害者福祉施設や高齢者施設の利用者が、海藻の回収や飼料づくりに参加しています。
「収入を得るだけでなく、普段は来ることの少ない海で潮の香りを感じたり、回収量の大小により感情の起伏を感じたり。協力してくださっている鎌倉漁協の皆さんと交流することで、社会とのつながりも感じてもらえています。」と矢野さんは話していました。
豊かな海づくりにも貢献
この活動は、単に捨てられていたものが活用されているだけではなく、海の再生産にとっても役立つ活動です。原因はさまざまですが、鎌倉の海では、海藻が繁茂できない状況(いわゆる磯焼け)が発生しています。
そこで、障害のある方たちが回収した海藻から、種をもつ「母藻」を選り分け、漁師さんに託し、海底に植え付けてもらいます。そうすることで、また海藻が種をまき、育つことができます。海藻がふたたび繁茂すれば、サザエやアワビが生息する豊かな海を取り戻せるのです。
今回ご紹介した鎌倉海藻ポークをはじめとする、鎌倉の海の新たな「価値の創出」や地域の「地産地消」には、漁師さんの取り組みが大きく貢献しています。この重要な取り組みを継続していくには安全に漁業を続けられる環境を整えることが必要不可欠です。
現在、鎌倉市では坂ノ下(鎌倉地域)に海からマナブ・ツドウ・トルの拠点になる漁業支援施設の計画「ミズキカマクラプロジェクト」が進められています。 漁業支援施設によって、地元の漁業者の方々の「漁業の安全性」の向上につなげ、今後も、豊かな海を持つ鎌倉のまちのさらなる発展に努められるよう取り組んでいきます。